2019年3月 陽子線治療を受けた病院への通院終了

病気の経過

2016年6月〜8月の2ヶ月間、陽子線治療と抗がん剤2クール目まで入院しお世話になったA病院。

その後は3ヶ月に1度、地元のがん専門病院での診察結果(CT画像と主治医の手紙)を持って報告に行くような形で通院し、やがてその間隔も半年に1度程度に落ち着いていきました。

担当医の移動

2019年3月、いつものようにA病院に行くと、担当医である放射線腫瘍科の先生が「私、今月いっぱいで別の病院に移動になるんです」とおっしゃいました。

そっかぁ、そうですか…そりゃそうか…お医者さんだってずっと同じ病院に勤め続けるとは限らないもんね…

実は私、本当はもうだいぶ前からA病院に通う必要はなく、この先生にも「遠いところ無理して来てもらわなくても…」と言われていたのです。

ただセカンドオピニオンとして支えてもらっている安心感があり、入院中お世話になった方々に会えるのは楽しかったので、遊びに行っていたようなもの。

寂しく思いながらも、「次回は別の先生に引き継いでおきますね」と言われ、半年後の9月の予約を取って帰りました。

次回はなかった

しかし、2019年9月の予約日の直前、台風が我が地域を直撃し、とても遠方のA病院に行ける状態じゃなくなってしまいました。

一旦予約をキャンセルし、行ける目処が立ったらまた改めて予約を取り直すことにしたのですが、いろいろあってどうしても丸1日家をあける事ができず…

4ヶ月後くらいになってやっと時間は取れる状態になりましたが、結局そのままA病院には行かなくなってしまいました。

あんなにお世話になったのに、遠距離の恋人と自然消滅しちゃった、みたいな別れ方になってしまったのはちょっと心苦しいところもあります。

でもまあ前から「もう来なくても」と言われていはいたので、病院側は特に困らないかなと…

本当は寛解して通院終了したかったな〜。

楽しかったことばかり

突然のがん告知+人生初の入院と、混乱の中でも比較的心穏やかに過ごせたのは、A病院で出会った多くの方々のおかげです。

治療はそれなりに辛かったはずなのに、過ぎてみれば楽しかったことばかり思い出すんですよね。

たった2ヶ月、されど2ヶ月。あの夏を過ごした場所はなんだか第2のふるさとと言ってもいいくらい、懐かしく感じます。

通院はもうしないけれど、あの地域にはぜひまた観光ででも訪れたいと思っています。

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